皆さんお久しぶりです。かなり涼しくなってきましたが、これからの秋の夜長はやはりDas Bootでしょうか(笑)。
ということで、同映画に関して新たな情報を報告します。この映画では何曲かのシャンソンが掛かりますが、その中の一曲、ヴェルナーとウルマンがバンク越しにフランソワーズの話をする場面でのBGMです。この曲名はSing, Nachtigall, sing!(鳴けよ、夜鳴き鳥よ)で、Evelyn Künnekeというドイツ人歌手が歌っています。今まで分からなかったのですが、歌詞はドイツ語だったんですね。明るいメロディーとは裏腹に失恋歌のようです。なお、映画でかかったのと同じ音源と思われるものがこちらで聞けます。
http://ingeb.org/Lieder/singnach.htmlゴンロクさん、上のサイトが閉鎖になる前にダウンロードされておいた方がよろしいかと。
水魚さん:
>「Uボート艦長バンドブック・マニュアル・1942年」……
これは今でも入手可能です。ドイツ語版はPodzunから、英語版は Thomas Publicationsからそれぞれ出版されています。
内容は、もちろん実際のマニュアルですからかなり細かな指示が載っています。「船体や潜望鏡の塗装色」、「潜望鏡レンズの倍率の使い分け」、「アズディック探知からの離脱法」、「水上・水中雷撃法」などなど・・・・。
ガッチャさん:
どうもです。
>英語で「Ship stopped,sir! Bearing 207,midium range.」
これは、「(目標)船停止。方位207度、中距離」ということだと思うのですが、medium rangeという表現が分かりませんね。何をもって「中距離」なのか。射程のことかなぁ。でもこんな表現は私は見たことがありません(単なる勉強不足かも)。
>そもそも主目標の「Enter the channel to SSE」が解らないです。
このchannelは「チャンネル」ではなくて、「海峡」という意味ではないでしょうか。ですからここは、「南南東に針路をとって海峡に入れ」ということだと思うのですが。ちなみに、the Channelという具合にイニシャルが大文字だと「イギリス海峡」のことです。
ところで、「深海からの声―Uボート234号と友永英夫海軍技術中佐」を読み終えました。いやぁ、えらく感動しました。友永という男のなんと表情豊かなことか。今までは、自動懸吊装置の発明家としてしか知りませんでしたが、400ページ以上の本書を読むと単なる天才造船家ではなかったということが良く理解できます。本書の著者は富永孝子という「オバサン」でして、私は最初、「オバサンなんかに何が分かる!」と思っていたのですが、とんでもない思い上がりでした。富永氏は、NHKの番組「Uボート234号、最後の航海」の制作に協力していたのです。同氏はそのために、ドイツに行って実際に元Uボート乗組員にインタビューもしています。よくやってくれた、と言うほかありません。
あと、もう一点。本書P427に次のような記述があります。
「1982年のことだった。元駐日ドイツ大使館付海軍武官ハンス・ヨーヒム・クルーグ大佐が同記念館(ラボー近郊メルテンオルト所在のUボート慰霊記念館のこと)を訪れ、この記念板(友永・庄司両中佐を顕彰したもの)の存在を知った。
友永、庄司両技術中佐の功績を熟知していたクルーグ大佐は感動した。その記念板を撮影し、かつて自分が日本駐在中に武官室勤務だった坂西に託した。坂西は友永、庄司の遺族を探し当て、託された写真をとどけた」
なぜこの部分を紹介したかというと、映画Das Bootと大いに関係あるからです。このクルーク大佐こそ、我らがDas Bootの技術顧問を務めた人なのです。映画のエンドクレジットをご確認ください。FachberatungのところにAchim Krugという名があるかと思います。まさにこの方が上記クルーク(Hans-Joachim Krug)大佐と同一人物なのです。大佐が友永・庄司の記念板の写真を遺族に届けさせたという事実は本書によって初めて知りました。日本とドイツ。今に至るも両国間にある絆のようなものをこの部分で感じ、深い感銘を受けた次第です。
ところで、私も今月末、また訪独することになりました。キールにも行く予定ですので、その時にU234が出撃した埠頭にも立ち寄ってみようかと思っています。今年は戦後60年。知り合いの元Uボート乗組員の一人は遂に入院してしまいました。リアルな戦争の記憶が歴史に変わっていく、そんな節目に我々はいるのだということを痛感しています。
また長くなりました。本日はここまで!